雨と涙の子守唄



 今日は朝から雨。何処か憂鬱だ。何をやっても気分が優れない。雨の所為でコートが使えず、今日はトレーニングルームで朝錬だ。こんな日こそラケットを握りたいと云うのに、室内コートは現在調整中と来た。やる気が出ない。トレーニングルームには関係者以外入ることが出来ない。だから煩わしい女共は居ないと云うのに。

「跡部、今日なんか元気ないやん。」
「・・・・・・うるせぇよ。」
「ふぅん。俺はちゃんのことかと思ったで。」
がどうかしたのか。」
「何云うてんねん。ちゃん、彼氏出来たやん。・・・・もしかして跡部、知らんかった?」

 其の瞬間、頭が真っ白になった。に、彼氏?そんなの訊いてない。は俺の幼馴染で、この俺がずっと想って来た奴。あいつも、俺のことを想っていると思ってた。否、そうしかありえないと思った。の周りに男なんてテニス部以外居ない。其れにを小さい頃から見てきたのは、俺だけだ。他にも忍足は徒然と話していたが、俺の耳には届かなかった。

を傍で見守ってきたのは?)俺だ。
を一番理解しているのは?)俺だ。
を一番想っていたのは?)俺だ。
を一番好きなのは?)俺だ。

 嬉しいときも、哀しいときも、寂しいときも、怒ったときも。どんな時も傍に居たのは俺。の色々な表情を知っているのは俺。の癖を知っているのも俺。を一番に想っているのも・・・俺。どうしてなんだ。俺は、こんなにものことを想っているのに。
 トレーニングルームを出る。すると、廊下の角からが姿を現した。何処か凛としている。そうさせたのは、の彼氏である男なのだろうか。

「お疲れさま、景吾。」
「・・・。」
「忍足君から訊いたでしょ、あたしに彼氏が出来たこと。」
「・・・あぁ。」

 多分今の俺は途轍もなく不細工な顔をしていると思う。の彼氏がどんな奴かは知らねぇけど、きっと其れ以下だ。は表情を変えない。相変わらず凛としている。

「景吾は知らないでしょう。あたしがどれだけ待ったか。」
「・・・どういうことだ。」
「あたし、ずっと待ってたのよ。景吾があたしに告白してくれることを。だから彼氏も作らなかった。今まで何人もの人に告白受けたけど、景吾を待ってずっと断ってきた。でも、もう無理なの。景吾は幾ら待ってもあたしに"好き"だとは云ってくれない。」
「ちょ、ちょっと待てよ・・・!」
「もう待てないのよ、景吾。景吾は遅かったの。ずっと待っていたのに。」

 呆然とする俺の脇を、はムカつく程表情を変えずにすり抜けていった。今の俺は一体どんな顔をしているだろう。絶望に満ちた顔か。其れとも・・・悔しがってる顔か。しとしと、と雨に打たれる窓を見る。其処に映った俺の顔は、不思議にも無表情。全ての感情を失ったかのように。
 すり抜ける際にぽつりと呟いたの一言が、今も忘れられない。



さようなら、私の愛しかった人。
(あと、もう少し早ければ)



(08/08/16)
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